1971年|プレーンヨーグルトの登場
大きな転換点となったのが1970年の大阪万博です。
ブルガリア館で本場のプレーンヨーグルトに出会ったことをきっかけに商品開発が進み、1971年、明治より日本初の市販プレーンヨーグルトが発売されました。
当時のパッケージは500mlの牛乳パックと同じ形状でした。1973年には「明治ブルガリアヨーグルト」の発売開始されました。
今では当たり前の、砂糖を加えていない酸っぱいヨーグルト。
しかし、甘いヨーグルトに慣れていた当時の日本人には受け入れにくく、「腐っているのでは?」という反応もあったといいます。
その後、健康への関心などを背景に、1980年代にはプレーンヨーグルトも日常の食品として定着し、パッケージも現代と同じような形状になりました。
1971年|「家庭で作るヨーグルト」の始まり
1971年、タニカ電器は日本初の家庭用ヨーグルトメーカーを発売しました。
当時はまだ家庭でヨーグルトを食べる習慣そのものが十分に広がっていない時代です。
それでも、「温度を管理して、自宅で発酵させる」という考え方は、この頃すでに始まっていました。
その後、ケフィアやカスピ海ヨーグルトなどのブームもあり、「ヨーグルトを自分で作る」という楽しみ方も少しずつ広がっていきます。
現在のヨーグルティアSでは、ヨーグルトだけでなく甘酒や麹調味料など、より幅広い発酵食を作れるようになっています。
2000年|LG21-「菌の名前」で選ぶヨーグルトへ
2000年に発売されたのが、明治プロビオヨーグルトLG21。
LG21が象徴的だったのは、乳酸菌そのものを商品の特徴として前面に出したことです。
明治自身も、LG21について「乳酸菌の特長でヨーグルトを選ぶ」という新しい食文化を創造したと説明しています。
それまで、「プレーンにする?」「フルーツ入りにする?」だった選び方に、「どの菌にする?」という新しい基準が加わりました。
2009年|R-1—「インフルエンザ」という言葉
2009年には、明治ヨーグルトR-1が登場します。
R-1乳酸菌については免疫に関係するさまざまな研究が行われ、中でも一般の人々の関心を集めたのが、風邪やインフルエンザとの関係でした。
高齢者を対象とした研究では、R-1乳酸菌で発酵したヨーグルトを食べた群で、牛乳を飲んだ群より風邪にかかるリスクが低かったという結果が報告されています。
インフルエンザに関係する免疫指標や、ワクチン接種後の抗体価を調べた研究も行われました。
一方、961人の女性医療従事者を対象とした試験では、ヨーグルト飲料を摂取した群と対照群でインフルエンザ発症率に有意差は確認されませんでした。
つまり、「R-1を食べればインフルエンザを予防できる」と単純化することはできません。
それでも、ヨーグルトについて「この菌株にはどんな特徴があるのか」を人を対象に研究し、その内容が一般にも知られるようになったことは、日本のヨーグルト文化の大きな変化でした。
2010年代|”機能”だけでなく”高たんぱく”時代へ
2011年、森永乳業から日本初の国産ギリシャヨーグルト「パルテノ」が発売されました。
ヨーグルトから水分を抜き、濃厚な食感とともに注目されたのが、高たんぱくという特徴です。
ヨーグルトに求められるものは、「乳酸菌」「おなか」「健康」だけでなく、おいしさ、満足感、たんぱく質、運動、間食へ広がります。
2026年現在、高たんぱくヨーグルトはスーパーでも一つの大きなカテゴリーになっています。
日本のヨーグルトは、まだ進化の途中
日本に現代型のヨーグルトが登場して約130年。一般家庭へ広く定着してから考えれば、まだ半世紀ほどです。
それでも、
デザートからプレーンへ。
健康食品から菌株研究へ。
機能から高たんぱくやおいしさへ。
さらに地域性や手作りへ。
次々に新しい価値を加えてきました。
もともと乳を飲む文化がほとんどなかった日本が、短期間でこれほど多様なヨーグルト文化を作った。
そう考えてみると、日本のヨーグルトの歴史も、世界の伝統的な発酵乳とはまた違った面白さがあります。
次にスーパーのヨーグルト売り場を見るときは、「なぜ日本には、こんなにたくさんのヨーグルトがあるんだろう?」と眺めてみてください。
そこには、日本人がヨーグルトに重ねてきたおいしさ、健康、科学、便利さ、そして発酵への好奇心が詰まっています。